研究内容


 人類の進化は、まさに微生物との共存の歴史である。その結果として、人の体には、微生物を排除するために、あるいは共生するために、免疫系という精巧なしくみが備わっている。免疫系は、ある場合には微生物の侵入を阻止し、ある場合には共生を許し、またある場合には行き過ぎた反応によってアレルギーや自己免疫疾患など様々な疾患を引き起こす。遺伝的疾患を除けば、ほとんどの疾患は感染と何らかの関係があると言っても過言ではない。したがって、微生物に対する免疫応答のしくみを紐解くことは、これら多くの疾患の発病メカニズムの解明に役立つ。近代免疫学の黎明から半世紀が過ぎ、多くの免疫現象が分子レベルで理解されるようになってきた。そして今、研究の中心は、微生物と宿主細胞との相互作用のしくみを解き明かすことに向けられている。いわゆる自然免疫の研究は、まさに微生物の侵入によって、宿主がどのような運命をたどるのかが決定されるメカニズムに関係している。教室では、細菌、真菌、ウィルスに対する自然免疫機構を解明するとともに、感染症の発症及び予防との関連について、そしてウィルス感染によって引き起こされる関節炎の発症病態について、以下のプロジェクトで研究を実施している。


病原微生物による自然免疫活性化の分子機構の解明

 微生物に対する宿主反応は、免疫系による微生物由来分子の認識から始まり、樹状細胞やマクロファージが活性化される。これらの細胞は、抗原提示活性や各種サイトカイン産生を介してナチュラルキラー(NK)細胞、NKT細胞、γδT細胞、B1-B細胞など自然免疫リンパ球の活性化を惹起する。この一連の反応は自然免疫と呼ばれ、獲得免疫の質を決定する重要なプロセスとして注目されている。近年、Toll様受容体(TLR)やC-タイプレクチン受容体など病原微生物を認識するための受容体分子が見出され、その役割について盛んに研究が行われている。

 教室では、細菌(肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌)、真菌(クリプトコックス、カンジダ、ペニシリウム・マルネフェイ、冬虫夏草)について、TLR2、TLR4、TLR9や、Dectin-1、Dectin-2、MincleなどのC-タイプレクチン受容体、そしてこれら受容体のシグナル伝達分子として機能するMyD88、Card9などの感染防御免疫応答における役割を、各種遺伝子欠損マウスを駆使することによって分子レベルで解析している。さらに、自然免疫リンパ球として、NKT細胞、γδT細胞について、肺炎球菌及びクリプトコックス感染防御における役割を、遺伝子欠損マウスなどを用いて解析を行っている。


真菌感染に対する免疫記憶と免疫不全宿主における発症・増悪機序の解明

 クリプトコックス髄膜炎は、エイズに合併する日和見真菌感染症である。一度発症すると予後が悪く、世界のエイズ患者における死亡原因では結核に次いで第2位と報告されている。これまで、クリプトコックス感染後は一定の潜伏期間を経た後発症すると考えられてきたが、近年では、不顕性感染後に休眠状態に入り、免疫不全に伴って再び活性化することで発症すると考えられるようになった。このような持続感染には宿主の免疫記憶(メモリー免疫応答)が密接に関連することから、この観点からのアプローチは重要な研究課題である。

 教室では、クリプトコックス持続感染マウスモデルを用いることで、本真菌に対するメモリーT細胞応答の誘導・維持機構とその機能・局在を明らかにし、さらに、HIV-1遺伝子導入マウスを用いることで、エイズにおける難治性クリプトコックス髄膜炎の発症機序を明らかにし、新たな治療・予防法の開発を目指している。


新興クリプトコックス・ガッティ感染症における高病原性機序の解明

 クリプトコックス・ガッティはユーカリの木に棲息し、コアラなどの動物に感染するとともに、ヒトにおいても呼吸器・中枢神経感染症を引き起こす。その棲息環境から特有な地理的分布を示し、ほとんどがオーストラリア、東南アジアなど熱帯・亜熱帯地域に限られていたが、1999年にカナダのバンクーバー島でアウトブレイクが発生した。その後バンクーバーのみならず、米国ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア州などでも患者がみられるようになり、わが国でも国内感染例と考えられるバンクーバー型病原菌による症例が報告された。本感染症は、従来のクリプトコックス・ネオフォルマンス感染症と異なり、健常者でも高病原性を示すなど異なった臨床的特徴を示す(高病原性クリプトコックス症)。

 教室では、両真菌種に対する宿主の免疫応答性を比較することで高病原性クリプトコックス症の発症病態を明らかにし、新たな治療・予防法の開発を目指している。


高病原性鳥インフルエンザウィルス(H5N1)による急性呼吸促迫症候群(ARDS)の発症病態の解析

 近年、高病原性鳥インフルエンザが大きな社会問題となっており、近い将来の新型インフルエンザ出現の可能性とから心配されている。現在、東南アジア地域で多くの症例が出現しており、その特徴として急激に進行する肺傷害(急性呼吸促迫症候群:ARDS)が問題となっている。厚生労働省の新興再興感染症研究事業の一環として、国立国際医療センターを中心に、H5N1感染によるARDSの発症病態研究プロジェクトがスタートし、教室もこれに参加することで、ARDSの発症病態(ウィルスは用いない)における自然免疫リンパ球の役割について検討している。現在、劇症型ARDSを呈する新規マウスモデルの作成に成功しており、その病態解明のため免疫学的な解析を実施している。


肺炎球菌予防ワクチンの免疫機序の解明

 肺炎はわが国の死亡原因の第4位であり、肺炎球菌は原因微生物として最も重要である。特に、乳幼児、高齢者、基礎疾患を有する人では重症化することが知られている。したがって、ワクチンの投与が、その発症予防に重要である。これまでに、マウスを用いた研究で、肺炎球菌感染防御にNKT細胞とγδT細胞が重要な役割を担うことを明らかにしてきた。また、最近では、肺炎球菌ワクチンの予防効果にNKT細胞が必須なことが動物モデルを用いた研究で明らかにされた。

 教室では、人における肺炎球菌ワクチンの効果に、NKT細胞やγδT細胞がどのような役割を果たすのかを明らかにする目的で、わが国で最も積極的にワクチン接種を実施している公立刈田総合病院(白石市)と共同研究を実施している。ワクチン接種症例からの血液を用いて、各種免疫細胞の動き、サイトカイン産生、抗体価の動きなどについて解析し、ワクチンの作用機序を明らかにするとともに、より有効なワクチン開発のための基盤情報の発信を目指している。


中国における多剤耐性結核菌の調査研究

 近年、多剤耐性結核(MDR-TB)、超多剤耐性結核(XDR-TB)の出現、拡大が世界的問題となっており、結核人口が突出しているアジア地域における動向は極めて重大な関心事となっている。本研究では、中国広州市の中山大学医学部付属病院呼吸器内科、検査部、および結核専門病院である広州市胸部疾患病院との共同研究によって、中国におけるMDR-TB、XDR-TBの動向について調査するとともに、その耐性化機序についても解析を実施している。(研究協力施設:中山大学附属第三医院、広州胸科医院)


皮膚創傷治癒における免疫機序の解明

 慢性創傷では細菌感染により炎症期が遷延し、治癒が進行しない症例をしばしばみかける。炎症期には大量の白血球が浸潤してくるが、創傷治癒における免疫機序には不明な点が多い。教室では、東北大学大学院医学系研究科形成外科学分野との共同研究により、皮膚創傷治癒におけるNKT細胞の役割や、慢性創傷でしばしば問題となる緑膿菌感染とクオラムセンシング機構との関連性について解析を行っている。


新しい遺伝子検査法の開発

 移植や抗ガン剤治療などで免疫抑制状態になった患者では日和見感染症が問題となる。発熱の原因となる微生物を早期に同定し、適切な治療を開始することが重要である。血液培養から細菌や真菌を同定し、感受性検査の結果を得るまでには数日を要するため経験的治療が行われるが、もっと早期に同定結果を得ることでその効果を高めることが期待される。グループでは、網羅的な細菌遺伝子検査を可能にする感染症診断マイクロアレイを試作し、採血の当日に信頼性の高い同定結果を提供するシステムを構築中である。

 また、免疫抑制患者ではサイトメガロウイルスやエプシュタイン・バーウイルスなどの回帰発症も問題となる。サイトメガロウイルスの増殖は感染細胞のウイルス抗原を検出するアンチジェネミア法で行われることが多いが、操作が煩雑で熟練を要する。院内ではウイルスDNAの定量検出が行われているが、さらに簡便で迅速なRNA定量法について有用性の検討を進めている。(研究協力施設:東北大学病院検査部、大学院医学系研究科血液・免疫病学分野、感染制御・検査診断学分野)

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