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 感染症ほど、これまで人類の歴史に大きな影響を与え、今後も与え続ける疾患はないと考えられます。身近では風邪、最近問題の麻疹、近い将来に出現が懸念される新型インフルエンザなど枚挙に暇がありません。数十年前のわが国では肺炎が死亡原因の1位だった時代があります。今では経済大国となり、衛生状態がよくなり、また治療法の進歩などにより、多くの人の目にはそれほど怖く映らないかもしれません。しかし、世界に目を向けると、今なお感染症は重要な疾患です。近年の海外旅行ブームを背景に、多くの人が海外へ出かけ、輸入感染症として、わが国ではあまり目にしないような疾患に罹患するケースも増えています。9年前のSARSの全世界的なアウトブレイクで教えられたように、一度新たな感染症に晒されると、社会・経済的に大きな混乱に陥ります。

 感染症は、病原微生物によって引き起こされ、癌や生活習慣病などと異なり原因が明らかな疾患です。原因微生物が検出できれば、一部の例外を除き治療・予防が可能になります。そのため、原因微生物探索の作業及び学問は、感染症の征圧にとって極めて重要な領域のひとつです。私たちの教室では、将来医療従事者となる人たちに、基礎微生物学、臨床微生物学、免疫学の教育を行い、感染症医療の一翼を担う人材を育成することを、ひとつの大きな目標としています。

 人類の進化は、まさに微生物との共存の歴史です。その結果として、人の体には、微生物を排除するために、あるいは共生するために、免疫系という精巧なしくみが備わっています。免疫系は、ある場合には微生物の侵入を阻止し、ある場合には共生を許し、またある場合には行き過ぎた反応によってアレルギーや自己免疫疾患など様々な疾患を引き起こします。遺伝的疾患を除けば、ほとんどの疾患は感染と何らかの関係があると言っても過言ではありません。したがって、微生物に対する免疫応答のしくみを紐解くことは、これら多くの疾患の発病メカニズムの解明に役立つのです。近代免疫学の黎明から半世紀が過ぎ、多くの免疫現象が分子レベルで理解されるようになってきました。そして今、研究の中心は、微生物と宿主細胞との相互作用のしくみを解き明かすことに向けられています。いわゆる自然免疫の研究は、まさに微生物の侵入によって、個々がどのような運命をたどるのかが決定されるメカニズムに関係しています。私たちの教室では、細菌、真菌、ウィルスに対する自然免疫機構を解明することを目標に研究を行っています。

 東北大学医学部保健学科では、大学院前期博士課程(修士課程)・後期博士課程が立ち上がり、ますます教育・研究環境が充実していきます。以前から、東北大学をはじめ国内外の多くの研究施設との共同研究を行っており、多角的な視野からの感染症へのアプローチが可能になっています。今後とも、感染症医療に携わる優秀な医療人を育成するとともに、私たちの研究グループから感染症に関する重要な情報を世界に向けて発信していけるよう頑張って行きたいと考えています。

平成24年4月

東北大学大学院医学系研究科 感染分子病態解析学分野 教授 川上和義

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